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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)6899号 判決

原告

平野登絲子

被告

京成電鉄株式会社

主文

一  被告は、原告に対し、一二一一万二九五五円及び内一一一一万二九五五円に対する昭和四四年一二月九日から、内一〇〇万円に対する昭和五八年七月一〇日から、支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を被告の、その余を原告の、各負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、六二一四万九二八九円及び内五六四九万九三五五円に対する昭和四四年一二月九日から、内五六四万九九三四円に対する昭和五八年七月一〇日から、支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和四四年一二月八日午前一〇時二五分ころ

(二) 場所 東京都葛飾区新小岩四丁目六番一二号先路上(以下「本件事故現場」という。)

(三) 加害車両 大型バス(足立二い二九〇三)

右運転者 訴外根岸貢(以下「根岸」という。)

(四) 被害者 原告

(五) 態様 原告は、本件事故現場の道路の北側の道路端を東方から西方に向かつて歩行中、前方から進行してきた加害車両の前部左側に衝突されて転倒し、道路端の溝に転落した。

(右事故を、以下「本件事故」という。)

2  責任

被告は、加害車両を所有し自己のため運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)第三条の規定に基づき、損害賠償責任がある。

3  傷害、治療経過及び後遺障害

(一) 原告は、本件事故により、頭部外傷、右側頭骨骨折、顔面挫傷、胸部・腰部打撲傷、左下腿挫創の傷害を負い、昭和四四年一二月八日(本件事故当日)から同月一二日まで大和外科病院に、同日から昭和四五年三月六日まで及び同月一四日から同年一〇月まで京葉病院に、昭和四七年七月一一日から同月二〇日まで国府田整形外科病院に、同年九月二四日から昭和四八年三月三〇日まで国立長野病院に、それぞれ入院して治療を受けたほか、昭和四五年一〇月二九日以降国府田整形外科病院に通院し、併せて昭和四九年四月から福田整骨院に、昭和五〇年一〇月から伴野針治療所に、昭和五七年九月からうえの整骨院に通院して治療を受け、その間、国府田整形外科病院において頸肩腕症候群、椎間板ヘルニア、国立長野病院において癒着性脊髄膜炎、肩関節周囲炎との各診断を受けた。

(二) しかるに、原告は、本件事故以後現在もなお、首の上下・左右運動ができない、左肩関節を使つた運動ができない、反屈運動(腰を曲げての運動、作業)ができない、コルセツトを胴、腰、足に常時着けていないと歩行、行動ができない、腰、左右股関節に激痛が走る、といつた症状が存在している。原告は、現在でも治療を継続中であるが、原告の症状が固定したものとみると、昭和六〇年一〇月三一日の後遺障害診断書により、原告には左肩外挙の制限、すなわち自動的には九〇度までしか腕が上がらない後遺障害が認められており、右後遺障害は、原告が舞踊家であることをも考慮すると、自賠法施行令第二条別表後遺障害別等級表(以下「等級表」という。)第七級以上に相当するものというべきである。

4  損害

(一) 治療関係費 一五八万〇七四七円

原告は、昭和五七年四月以降の治療関係費として次のとおり支出した。なお、原告と被告との間においては、原告が完治するまでの治療費はすべて被告において負担するとの約束がなされており、昭和五七年三月までの治療関係費は被告が全額支払つてきたのであるが、その後の治療関係費について被告は支払わないので、右支払約束に基づき支払義務があるものである。

(1) 国府田整形外科病院 三一万六〇七四円

(2) 伴野針治療所 一四万〇二〇〇円

(3) 福田整骨院 六五万三〇〇〇円

(4) うえの整骨院 五万五〇〇〇円

(5) さかい薬局 一三万七一一六円

(6) 株式会社小玉製作所 五万七二〇〇円

(7) 東京都立府中病院 四万九二七四円

(8) 東京慈恵会医科大学付属病院 四四二五円

(9) 千葉大学医学部付属病院 三七七八円

(10) 栄大サウナ 八万六五〇〇円

(11) タクシー代 七万八一八〇円

(二) 家事手伝費 三七万六〇〇〇円

原告は、原告が家事労働に従事することができないため、昭和五七年四月一日から昭和五八年五月三一日まで、一か月に数回石田タネに家事手伝を依頼し、その費用として三七万六〇〇〇円を支出した。

(三) 付添看護費 八七万円

原告は、前記の原告の二九〇日間の入院中、父母、姉妹、夫らの付添看護を受けたが、これによる損害は一日当たり三〇〇〇円として合計八七万円となる。

(四) 入院雑費 二九万円

原告は、前記の二九〇日間の入院中、一日当たり一〇〇〇円の雑費を支出した。

(五) 通院雑費 二四万六〇〇〇円

原告は、前記の二四六〇日(六年一〇か月)の通院につき、通院付添費、交通費を支出したが、その損害額は一日当たり一〇〇円相当とみて、合計二四万六〇〇〇円となる。

(六) 休業損害 七六〇万円

原告は、舞踊家であり、教室を持ち弟子をとつて教えるほか、出稽古、舞台出演による収入が一か月一〇万円を下らなかつた。しかるに、本件事故による受傷のため、入院九か月と二〇日間及び通院のために要した昭和五八年五月三一日までの日数六年一〇か月の二分の一である三年五か月間は全く稼働することができなかつた。そして、昭和四四年当時に月収が一〇万円であつたことからみると、現在では少なくともその三倍にはなつているはずであるから、月額一五万円として休業損害を請求する。

よつて、原告の休業損害額は一五万円の五〇か月と二〇日分である七六〇万円となる。

(七) 逸失利益 二六五三万六六〇八円

原告は、前記のとおり、等級表第七級以上に相当する後遺障害を被つたものであり、原告が舞踊家でありながら、自ら踊れず、歩行困難で、足、腰に常時コルセツトを装着し、杖を使用しなければならない状態で、職業生命を本件事故のため奪われたものであることを考慮すると、原告の労働能力喪失率は五六パーセント以上というべきである。

そして、原告は、昭和四四年の本件事故当時、月額一〇万円の収入を得ていたのであるから、現在では、少なくともその三倍である月額三〇万円の収入を得られたはずであるが、前記後遺障害のため、満六七歳までの二二年間、五六パーセントの割合で労働能力を喪失したから、ライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、原告の逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり、その合計額は二六五三万六六〇八円となる。

30万×12×0.56×13.1630=2653万6608

(八) 慰藉料 一九〇〇万円

前記の原告の傷害の部位、程度、治療経過、後遺障害の部位、程度、殊に、原告が本件事故当時優れた舞踊家として活躍していたにもかかわらず、本件事故によりすべてを失なつたうえ、長期間苦痛に苦しんできたこと、原告が舞踊家として再起不能とも思われる後遺障害を負つたこと等を考慮すると、原告の傷害に対する慰藉料は一四〇〇万円、後遺障害に対する慰藉料は五〇〇万円が相当である。

(九) 弁護士費用 五六四万九九三四円

原告は、被告から損害額の任意の弁済を受けられないため、弁護士である原告訴訟代理人らに本訴の提起と追行を委任し、これにより、前記損害額の一割に当たる五六四万九九三四円の損害を被つた。

5  結論

よつて、原告は、被告に対し、本件事故による損害賠償として、六二一四万九二八九円及び内弁護士費用を除く五六四九万九三五五円に対する本件事故発生の日の翌日である昭和四四年一二月九日から、内弁護士費用五六四万九九三四円に対する訴状送達の日の翌日である昭和五八年七月一〇日から、支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(事故の発生)の事実中、(一)ないし(四)及び(五)のうち原告が加害車両と接触して路上に転倒したことは認めるが、(五)のその余は否認する。

2  同2(責任)の事実及び被告の責任は認める。

3  同3(傷害、治療経過及び後遺障害)のうち、(一)の事実は不知、(二)の事実は否認する。頸肩腕症候群、椎間板ヘルニア、癒着性脊髄膜炎、肩関節周囲炎の各疾病及び原告主張の各症状は本件事故と相当因果関係がないものである。

4  同4(損害)の事実中、(一)のうち昭和五七年三月までの治療関係費は被告が全額支払つてきたことは認めるが、(一)のその余及び(二)ないし(六)、(八)、(九)の事実はいずれも不知ないし争い、(七)の事実は否認する。なお、原告主張の損害は本件事故と相当因果関係がないものである。

5  同5(結論)の主張は争う。

三  抗弁(過失相殺)

本件事故現場は、車道幅員約六・五メートルの道路で、本件事故当時歩道は設置されていなかつた。加害車両は、新小岩駅前を発車し、篠崎方面に向かつて走行し、小松川中学校前の停留所に停車すべく、同停留所の手前約二〇メートルの地点の道路左側を時速約二〇キロメートルで左ウインカーを出しつつ走行したところ、道路左隅に設置された交通標識の陰から、原告が急に加害車両の左前面に対面して出てきたため、加害車両の左ウインカーに原告が接触し、路上へ転倒したものである。

原告は、加害車両の進路左前方に出るに当たつては、接触地点より篠崎方面に向かつて約二〇メートルの地点にバス停留所があり、かつ、加害車両が左ウインカーを出し、原告の直前まで進行していたのであるから、加害車両の通過を待つべき注意義務があるというべきであり、原告には、右注意義務を怠つた過失がある。したがつて、右原告の過失につき、過失相殺がなされるべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実中、本件事故現場が車道幅員約六・五メートルの道路であり本件事故当時歩道が設置されていなかつたこと、原告が、加害車両と接触して路上に転倒したことは認め、その余は否認し、過失相殺の主張は争う。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実中、(一)ないし(四)の事実及び(五)のうち原告が加害車両と接触して路上に転倒したこと、並びに同2(責任)の事実及び被告の責任は、当事者間に争いがない。

二  そこで、傷害、治療経過及び後遺障害について判断する。

1  成立に争いのない甲第四ないし第七号証、第九ないし第一三号証、第二四号証、第二八号証の一ないし七、第二九号証の一、二、原本の存在と成立に争いのない甲第三四号証の一ないし七、第四二、第四三号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認める甲第一四ないし第一九号証、第二二号証、弁論の全趣旨により原本の存在と成立を認める甲第三二号証の一ないし三二、第三三号証の一ないし六、第三五号証の一ないし六、第三六号証の一ないし四、第三七号証の一ないし一六、第三八号証の一、二、第三九号証の一ないし八八、第四〇号証の一ないし二一、証人国府田守雄、同松浦森勝の各証言、原告本人尋問の結果を総合すると、以下の事実が認められる。

(一)  原告は、本件事故により、頭部外傷、右側頭骨骨折、顔面挫傷、胸部・腰部打撲傷、左下腿挫創の傷害を負い、昭和四四年一二月八日(本件事故当日)から同月一二日まで大和外科病院に、同日から昭和四五年三月六日まで京葉病院に、昭和四七年七月一一日から同月二〇日まで国府田整形外科病院に、同年九月二四日から昭和四八年三月三〇日まで国立長野病院に、それぞれ入院して治療を受けたほか、昭和四五年一〇月二九日以降国府田整形外科病院に通院し、併せて昭和四九年四月から福田整骨院に、昭和五〇年一〇月から伴野針治療所に、昭和五七年九月からうえの整骨院に通院して治療を受け、また、東京慈恵会医科大学付属病院及び千葉大学医学部付属病院等にも通院し、その間、国府田整形外科病院において頸肩腕症候群、椎間板ヘルニア、国立長野病院において癒着性脊髄膜炎、肩関節周囲炎との各診断を受けたこと、

(二)  原告は、昭和四五年一〇月から国府田整形外科病院の国府田守雄医師の治療を受けているが、右国府田医師は、右初診当時、本件事故当時の傷害は頭部外傷を除いて治癒しているものと判断し、頭部外傷については後日症状が出てくる可能性があることから、治癒の判断を留保していたところ、その後の脳神経外科のCTスキヤンの結果異常がなかつたこと等から、頭部外傷についても治癒と判断したこと、そのほか、原告は、レントゲン検査の所見上では、頸部の前湾に若干の異常を認めるほか異常がなく、脳波も正常で、上下肢の腱反射もほぼ正常であつたこと、

(三)  しかしながら、原告の主訴は、左側上下肢の痛み、痺れ、頸部痛、頭痛、腰痛等多岐にわたつており、これに対し、国府田医師は、首や腰の牽引、マツサージ等の理学療法、後頭神経ブロツク、消炎鎮痛剤の投与等の治療を行つてきたが、以後現在まで、原告の症状に顕著な改善はなく、最近でもなお、頸部、左肩、腰部に運動制限があり、コルセツトを胴、腰、足に常時着けていないと歩行、行動が困難な状態が継続していること、

(四)  国府田医師は、前示の頸肩腕症候群は他覚所見を伴わないものであり、頸部の前湾の異常も外力によるものか明らかでなく、しかも疾病として取り上げる程のものではないとし、椎間板ヘルニアは自覚症状はあるものの、確定診断ではないとし、癒着性脊髄膜炎は本件事故によつて生じたものとは断定できないうえ、非常に軽度の変化にすぎず、これが原告の多岐にわたる症状の原因とは考えられないとし、肩関節周囲炎は、肩の周りの靱帯、筋肉等の炎症であるが、原告の場合レントゲン所見はなく、頸肩腕症候群に含まれるものであつて、国民健康保険による診療を可能にするためにつけられた病名であるとしていること、

(五)  他方、国府田医師は、原告の症状につき、昭和六〇年一〇月三一日に症状固定の診断をし、左肩外挙が自動運動で九〇度までに制限されており、左の下肢の筋の緊張が高度で、左股関節が若干外に開いた状態になつており、歩行困難で杖を使用し、頸性頭痛がみられるなどの諸点を含めて、原告には、頑固な神経症状があるものと判断していること、

(六)  また、国府田医師は、原告の症状が他覚的所見に乏しいものであることなどから、原告の症状については原告の心因的な側面が影響しているとし、心因的な側面の影響が七〇ないし八〇パーセントを占めているものと判断していること、

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる確実な証拠はない。

2  右の事実によれば、原告に、頸肩腕症候群、椎間板ヘルニア、癒着性脊髄膜炎、肩関節周囲炎の疾病が明確に存在するものと認めることは困難であり、また、これらの疾病が存在するとしても、本件事故との相当因果関係の存在には疑問があるが、原告の多岐にわたる症状自体は、心因的なものを含むにせよ、本件事故と相当因果関係があるものというべきであり、ただ、心因的な側面の影響は後記のとおり賠償すべき損害額の減額要素として考慮するのが相当というべきである。また、右の事実によれば、原告の右症状は、遅くとも昭和六〇年一〇月三一日には症状が固定したものとみるのが相当であり、その後遺障害の程度は、等級表第一二級一二号の局部に頑固な神経症状を残すものに該当するものと認めるのが相当である。

三  続いて、損害について判断する。

1  治療関係費 一五八万〇七四七円

前掲甲第一四ないし第一九号証、第三二号証の一ないし三二、第三三号証の一ないし六、第三四号証の一ないし七、第三五号証の一ないし六、第三六号証の一ないし四、第三七号証の一ないし一六、第三八号証の一、二、第三九号証の一ないし八八、第四〇号証の一ないし二一、弁論の全趣旨により原本の存在と成立を認める甲第四一号証の一ないし八一、証人松浦森勝の証言及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和五七年四月以降の治療関係費として次のとおり支出したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(1)  国府田整形外科病院 三一万六〇七四円

(2)  伴野針治療所 一四万〇二〇〇円

(3)  福田整骨院 六五万三〇〇〇円

(4)  うえの整骨院 五万五〇〇〇円

(5)  さかい薬局 一三万七一一六円

(6)  株式会社小玉製作所 五万七二〇〇円

(7)  東京都立府中病院 四万九二七四円

(8)  東京慈恵会医科大学付属病院 四四二五円

(9)  千葉大学医学部付属病院 三七七八円

(10)  栄大サウナ 八万六五〇〇円

(11)  タクシー代 七万八一八〇円

なお、証人松浦森勝の証言及び原告本人尋問の結果によれば、被告の事故担当者が原告に対し、治癒するまで治療に専念してもよい旨述べたことが認められ、また、昭和五七年三月までの治療関係費は全額被告が支払つてきたことは当事者間に争いがないが、右事実をもつてしては、いまだ原告と被告との間において、原告が完治するまでの治療費はすべて被告において負担するとの契約が成立したものと認めるには足りないものといわざるをえず、そのほか右契約が成立したことを認めるに足りる証拠はない。

したがつて、原告の治療関係費の請求は、支払約束を根拠とする点は理由がなく、本件事故に基づく損害賠償請求権を根拠としてのみ認められるものというべきである。

また、右治療関係費中には、症状固定日である昭和六〇年一〇月三一日以降に支出されたものも若干含まれているが、前記認定事実及び証人国府田守雄の証言によれば、原告は、症状固定後であつても、固定の状態を維持するため、治療を要する状態にあることが認められるから、右症状固定後の分も本件事故と相当因果関係があるものというべきである。

2  家事手伝費 三七万六〇〇〇円

原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認める甲第二〇号証の一ないし一四及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、前示の傷害により十分家事労働に従事することができないため、昭和五七年一月三〇日から昭和五八年五月三一日までの間、一か月に数回程度石田タネ及び鈴木きくに家事手伝を依頼し、その費用として三七万六〇〇〇円を支出したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  付添看護費 一七万八〇〇〇円

原告本人尋問の結果によれば、原告は、前示の大和外科病院及び京葉病院に入院中(八九日間)、親族の付添看護を受けたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

前示の原告の傷害の部位、程度等を勘案すると、右の付添看護による損害は一日当たり二〇〇〇円が相当と認められるから、右損害は合計一七万八〇〇〇円となる。

4  入院雑費 一四万三五〇〇円

前示の原告の治療経過に弁論の全趣旨を総合すると、原告は、前示の二八七日間の入院中、一日当たり五〇〇円の雑費を支出したものと認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

5  通院雑費

前示の原告の治療経過によれば、原告は、前示の通院につき、前示のタクシー代のほかにも、相当額の交通費等を支出したことが認められるけれども、その具体的な金額を明確にしうる証拠はないから、原告主張の通院雑費の点は慰藉料算定において斟酌することとする。

6  休業損害 一四三〇万七五〇〇円

成立に争いのない乙第一号証の一、二、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認める甲第二一号証、官公署作成部分につき成立に争いがなく、その余の部分につき証人松浦森勝の証言により真正に成立したものと認める甲第三〇号証の一、第三一号証の一、証人松浦森勝の証言により真正に成立したものと認める甲第三〇号証の二、第三一号証の二、証人松浦森勝の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和一六年四月二七日生まれの女子で、一四歳のころから、父である松浦森勝の主宰する民族舞踊「こすずめ会」の舞踊家として活動し、数々の民族舞踊コンクールで優勝したこともあり、また、弟子の指導等を含め、「こすずめ会」の中心として活躍してきたこと、しかるに、本件事故による前示の受傷のため、入院期間中は全く稼働することができず、また、通院期間中も、舞踊家として殆ど稼働することができなかつたほか、昭和五二年四月に結婚したのちは、家事にも支障を被つていること、原告は、本件事故当時、父から月額一〇万円の支給を受けていたところ、本件事故後も親子間の情宜もあつて稼働の内容・程度にかかわらず月額一〇万円の支給を受け続けていること、松浦森勝の民族舞踊による収入は本件事故当時と比較して最近では一〇倍以上に増加していることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右の事実によれば、原告は本件事故の日(昭和四四年一二月八日)から症状固定日(昭和六〇年一〇月三一日)まで(一九〇か月二三日)の間、平均して労働能力を少なくとも五〇パーセントの割合で喪失した状態にあつたものと認められ、また、前示の松浦森勝の民族舞踊による収入の増加からみると、本件事故に遭わなかつた場合の原告の収入も相当に増加しているものと考えられるから、右休業期間を平均して、休業損害算定の基礎収入としては一五万円とするのが相当である。

よつて、原告の休業損害額は一五万円の一九〇か月と二三日分の五〇パーセントに当たる一四三〇万七五〇〇円(一円未満切捨)となる。

なお、原告が本件事故後も月額一〇万円の支給を受け続けていることは前示のとおりであるが、右は、親子間の情宜もあつて稼働の内容・程度と関係なく支給されてきたものであるから、これを休業損害に対するてん補とみるのは相当でないものというべきである。

7  逸失利益 一二四五万七四三九円

原告が等級表第一二級一二号に該当する後遺障害を被つたことは前示のとおりであり、証人松浦森勝の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、その後遺障害のため、自らは殆ど踊れず、平素コルセツトを装着しなければ行動が不自由であるなど、舞踊家としての活動に大きな支障を被つていることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右の事実、なかんずく、原告の舞踊家としての特殊性を考慮すれば、原告は、その後遺障害により、症状固定時の満四四歳から満六七歳までの二三年間、四〇パーセントの割合で労働能力を喪失したものと認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そして、原告の前示の本件事故当時の収入や松浦森勝の民族舞踊による収入の増加の状況を勘案すると、原告の逸失利益算定の基礎収入としては、昭和六〇年賃金センサス第一巻第一表、企業規模計、産業計、女子労働者、学歴計、全年齢平均給与額である年額二三〇万八九〇〇円によるのが相当であるから、ライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、原告の逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり、その合計額は一二四五万七四三九円(一円未満切捨)となる。

230万8900×0.4×13.4885=1245万7439

8  慰藉料 八〇〇万円

前示の原告の傷害の部位、程度、治療経過、後遺障害の部位、程度、殊に、原告が本件事故当時優れた舞踊家として活躍していたにもかかわらず、本件事故により舞踊家として著しい打撃を被つたこと等を考慮すると、原告の傷害及び後遺障害に対する慰藉料は合計八〇〇万円をもつて相当と認める。

四  心因性の考慮による減額

前示の原告の症状及び後遺障害については、原告の心因的な側面が影響していることは前示のとおりであり、右心因的な側面による損害の増大を加害者側に全部負担させることは、損害を公平に分担させるという損害賠償法の根本理念からみて適当でないといわざるをえない。そこで、公平の見地から被告の賠償すべき損害額を減額するのが相当であると解されるところ、前示の原告の心因的側面の影響の程度等前記認定の諸事情を総合勘案すれば、前記認定の原告の損害の七〇パーセントを減額するのが相当であるから、前示損害の合計三七〇四万三一八六円から七〇パーセントを減額すると一一一一万二九五五円(一円未満切捨)となる。

五  ここで、過失相殺の抗弁について判断する。

本件事故現場が車道幅員約六・五メートルの道路であり本件事故当時歩道が設置されていなかつたこと、原告が、加害車両と接触して路上に転倒したことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認める甲第二三号証、証人松浦森勝の証言により真正に成立したものと認める甲第二五号証、第二六号証の一、二、本件事故現場を撮影した写真であることにつき当事者間に争いがなく、証人松浦森勝の証言により松浦森勝が昭和四四年一二月一二日に撮影したものと認められる甲第二七号証の一ないし一二、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める乙第二号証、本件事故現場を撮影した写真であることにつき当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨により三善勝哉が昭和五九年六月一四日に撮影したものと認められる乙第三号証の一ないし一五、証人根岸貢(後記措信しない部分を除く)、同松浦森勝の各証言、原告本人尋問の結果を総合すれば、本件事故は、原告が本件事故現場の道路の北側にある東京生命の前を、道路側端にある溝に沿つて西方に向かつて歩行中、対面して進行してきた根岸運転の路線バスである加害車両が対向車両である大型ダンプカーと擦れ違う際、根岸が原告の動静に十分注意をしないまま加害車両を左に寄せたため、加害車両の左前部が原告に衝突したものであることが認められ、証人根岸貢の証言中右認定に反する部分は原告本人尋問の結果と対比してたやすく措信することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右の事実によれば、原告に過失相殺をしなければ公平に反する程の過失があつたとは認められないし、そのほか、原告に過失相殺をしなければ公平に反する程の過失があつたことを認めるに足りる確実な証拠はない。

したがつて、被告の過失相殺め抗弁は理由がないものというべきである。

六  弁護士費用 一〇〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告は、被告から損害額の任意の弁済を受けられないため、弁護士である原告訴訟代理人らに本訴の提起と追行を委任したことが認められるところ、本件訴訟の難易、審理の経過、前示認容額、その他本件において認められる諸般の事情を勘案すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては一〇〇万円をもつて相当と認める。

七  以上によれば、原告の被告に対する本訴請求は、本件事故による損害賠償として、一二一一万二九五五円及び内弁護士費用を除く一一一一万二九五五円に対する本件事故発生の日ののちである昭和四四年一二月九日から、内弁護士費用一〇〇万円に対する訴状送達の日の翌日である昭和五八年七月一〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右限度でこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小林和明)

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